はたけやまクリニック

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学会報告

9月末に院長、副院長でスイスで開催された学会に参加し、ワークショップをしてきました。
日本の保険診療内でいかにして制限の中で精神科診察をしているかという内容を発表し、ヨーロッパの医療、教育、コーチングなどの分野で活躍する人々と興味深い議論の機会を持ち、たいへんためになる時間でした。

ヨーロッパでも日本と同様に、精神科医療はさまざまな困難を抱えていることがわかりました。欧米の医療はテレビで見るほど良いことづくめではありません。医療従事者は日本とは違った制約の中でサービスを提供しています。利用する人もそれぞれの国の制度なりの不自由さがあるようです。

日本の医療は問題もありますが、海外に比べると優れた面もあります。そういう良い部分は失わずに大事に伸ばしてゆきたいと実感したことでした。
(写真は学会懇親会の様子と、留守番ですねる金時)

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考えるという「病」

パスカルは「人間は考える葦である」と言いました。 人間は他の動物のように強い身体能力を持たないけど、考える力が人間を強い生物たらしめているというような意味でしょう。

それだけ我々人間は考えるという習性を強く持った生き物です。 考えぬくことで、科学技術を発達させ、よりよい制度や医療技術、教育方法などを作り上げています。 また困ったことが起これば、解決策を作るために考えます。
しかし有害な「考える行為」もあるのではないでしょうか? 私たちは不安になるとその根本を突き止めようと考えます。 失敗すると、どうしてそうなったのか、自分の何が悪かったのか考えます。 うまくいかないと、誰のせいか、どうしてうまくいかないことばかり続くのか頭をひねって考えます。 時にはそうしたことで眠れなくなり、疲労してしまうこともあります。
果たしてこうした「考える」という営みは、私達にとって有益でしょうか?
私はそうは思えません。
考えても結局原因はわからないことが多く、わかっても解決につながらないことも多いのです。 また、考えれば考えるほど自分が恥ずかしくなったり、誰かが憎くてたまらなくなったり、ひとつもいいことがないからです。
人間が生きていく上で、不安はつきものであり、なくなることはありません。 不安がありながら開き直って生きていったほうが、実り多いのです。
私の敬愛する精神科医の帚木蓬生先生は、その著書「生きる力 森田正馬の15の提言」の中で、不安について考えることの無益さ、外界を見つめること、今必要な行為に没頭しすること、心理状態よりも外側を整えることなどの重要性を説いています。 日本には日本独自の心理療法・森田療法というものがあり、森田正馬先生はその創始者であります。 森田療法の考え方は、今を生きる我々にこそ必要な知恵を教えてくれます。

帚木蓬生著 「生きる力 森田正馬の15の提言」朝日新聞出版

※ 写真は、不自然な姿勢で考えている、院長の愛猫・金時

屋上庭園で、野菜が!ハーブが!

はたけやまクリニックの屋上庭園では、いまインゲンなどの野菜、ミント類、ローズマリーなどのハーブ類が、元気に生育しています。

デイケアではこれらを使って調理やハーブティーづくりなども、やっています。

デイケアではみなさんのご参加をお待ちしています。
見学もできますよ!

人薬 ひとぐすり

近年、薬の開発で副作用が少ない薬が発売されて、精神科治療も幅が広がってきました。
しかし一方で新しい薬がどれだけ増えても、精神疾患に苦しむ人が減ったかというと、そういうものではないようです。

なぜなのでしょう?

人はだれでも、不幸な出来事や病気を体験します。
その経験からたくさんのことを学んだり、人間として成長したり、同じ事が起こっても以前ほど悪くならいように賢くなります。

いろいろな考えはあるでしょうが、私はこの学んだり、成長したり、賢くなることは「薬の力」ではなく、「皆さんがそれぞれに持っている力」だと思うのです。

そもそも薬には固有の効果がありますから、不安を軽減したり、気分を落ち着かせることはできます。
それは私達の経験する病気とそれで起こってくることのほんの一部分なのです。

誤解の無いように、慢性的な病気には「再燃」(再発して悪くなること)を防止するための、その人にあった量の薬は必要です。

では、人が苦しみや病気から学んだり、成長したりするために、どんなことが助けになるのでしょう?

私はそれが「人薬(ひとぐすり)」だと考えます。
人薬という言葉は精神科医の斎藤環先生がよく使っている言葉です。

人間関係は面倒なものです。
しかし人との交流はいろいろなプラスの働きがあります。

1)人のやり方を見て技術(人間関係や話し方)を学ぶ
2)目標を見つける
3)人とのやり取りを通して自分を知る
4)自分を大切にする気持ちを養う
5)健康な意味での「欲」が出てくる(人のしていること、持っているものから)

ざっと以上のような事があるのではないでしょうか?

これこそが、人との交流が「人薬」とまで言えるゆえんなのです。

さらに人間関係というものは、親密な親子や夫婦ほど、愛情や引け目から無理を言ったり、喧嘩になることも多いものです。
そのため、かえってよく知らない人 ― 犬の散歩をしている近所の犬好きのおばさん、神社の掃除をしているおじさんなど、他人というものは意外とプレッシャーなく話しやすいものです。

当クリニックでも「人薬」での治療に力を入れていて、いくつかのグループ、デイケアでの活動があります。
興味のある方はご相談ください。

屋上庭園にも春がきました

はたけやまクリニックの屋上は庭園になっていることは、ご存知の方はあまり多くないでしょう。
ここではいま寒い冬を耐えた野菜やハーブが、元気に育っています。
ミントなどのハーブ類、ベビーリーフ、ラディッシュ、玉ねぎなどお世話の甲斐あって、すくすくと生育中です。

当クリニックでは特に「食育」に力をいれているので、こうした土から野菜を収穫して調理して食べるところまでをデイケアで展開しています。
デイケアでも、いい意味でにぎわいが出てきて、初めての方もより参加しやすい雰囲気になっています。
ご参加をお待ちしております。
関心のある方はどうぞお気兼ねなくスタッフにお尋ねください。
見学も可能です。

子供でも生きる力を 3

前回コラム「子供に生きる力を」 「子供に生きる力を2」

前回コラムに「食べること」を人一倍大切に考えていると書きました。

そのためデイケアでは屋上で作った土の匂いのする野菜を収穫から料理まで子供たちに体験させたいのです。コンビに弁当やカップラーメンだけを食べていたら本来の野菜の味などもわからないし、食材を作ってくれた人への感謝も生まれないことでしょう。

当初は屋上で収穫されたトマトやキュウリが」サラダにのっても、子供たちの中には「なんだか気持ち悪い」という子もいました。仕方ないと思いました。それでも屋上でとれたものを調理に出し続けました。

新クリニックになって1年ほどたった2011年春。スナップエンドウがたわわに実り、収穫しました。私もその日は診察の間にたまたま時間があり、子供たちにつきあいました。子供たちは収穫したスナップエンドウを湯がいて、いただきますを言うと、先を争うように食べ始めました。みんな「おいしい!おいしい!」と笑顔でした。

それまでクリニックの運営であれこれ頭を痛めてきた私でしたが、その苦労に意味が吹き込まれた思いがしました。

新クリニックでの1年半、なんとか進んでくることができたのも、私の思いを理解してくれる優秀なスタッフたち――臨床心理士、精神保健福祉士、作業療法士、看護師、事務――の力、そして院外の多くの方々のご協力の賜物にほかなりません。これからも一歩一歩、スタッフ一同子供たちとともに育ち、日々の取り組みを地道に続けてゆこうという思いでおります。

 

※ここで紹介した事例については、文意を損なわない配慮をしつつ、個人情報保護の視点から本人を特定できないように詳細を改変しています。

 

子供でも生きる力を2

前回コラムはこちら 「子供に生きる力を」

それまで2002年に魚町にクリニックを開業してからいくつかの喜ばしい成果を上げた事例もありました。

家で暴れる少女がいて困り果てた母親に連れてこられたことがあります。その母親を心理検査したところ精神遅滞で生活技術が乏しく、支援が必要であることが分かったことがありました。この親子は恐らく成長した娘が母親の能力を超えてしまい、母を不甲斐なく感じるようになったのでしょう。そのためホームヘルパーが母親の手伝いをする形でヘルパーサービスを導入しました。ゴミ屋敷もきれいになり、娘も十分な世話を受けられ、母子ともに落ち着いてゆきました。

あるときは、崩壊家庭の中で育児放棄された少女がいました。発育が悪く幼く、不潔な身なりをしていることからいじめの対象になったため、周囲への信頼感が育たず、人の悪態ばかりつく可愛げのない中学生になっていました。この少女には、教育、医療が密な連携をとり、親から離して施設で生活しつつ教育を受ける形を作りました。苦労はしましたが、優秀な成績で大学を卒業し、今や立派な社会人です。

ある男児は両親ともに出会い系やギャンブルに溺れ、ろくなケアを受けていませんでした。母親は夫婦喧嘩をすると子供がいることもおかまいなく「死んでやる!」とわめき、子供の前でリストカットすることもたびたびでした。この男児は健気で気の毒なぐらい親思いでした。この男児にとって唯一あてになる大人である祖父の力をお借りして、やはり施設入所をし、今では信頼できる大人のもとでのびのびと勉強したり友人と遊んだりして、高校進学を果たしました。親についても別の所で治療につなげていますが、子供ほどの芳しい変化はないようです。

さらにもっと多くの子に生きてゆく力をつけさせたいという思いを胸に、2010年7月7日、片野に新クリニックを開業しました。新しいクリニックでは3回に思春期デイケアを始め、4階には屋上庭園を造り野菜を育てています。

私は自分も食いしん坊ですから、食べることを人一倍大切に考えています。丹精込めて育てられた食材を大事に調理して、一人ではなく誰かと美味しく食べることが、我々の生活の基本ではないかと考えています。

 

「子供でも生きる力を3」 へ続く

※ここで紹介した事例については、文意を損なわない配慮をしつつ、個人情報保護の視点から本人を特定できないように詳細を改変しています。

子供でも生きる力を

2006年のある冬の日。私は茫然としていました。

この日、治療活動の一環としてクリニックに通う子供たちを集めて豚汁を作り食事会をしていたのです。子供たちはとても喜び、中には「初めて食べた。こんなにおいしいの食べたことがない」という子までいました。私はその子の家族背景が複雑で、親から十分なお世話をしてもらっていないことを知っていました。その子は困ったような顔をして答えました。「うちにお味噌なんかない。お味噌なんか買ってきたら『役に立たないもん買ってきて!』って叱られる。安いカップラーメンしか買っちゃだめだって」

そんな親たちを「親の資格がない」と批判するのは簡単です。しかし多くのこうしたケースを見ていると、問題は全く違うことにあることが多いのです。こうした親たち自身が知的障害や発達障害で、貧困も絡んで十分な生活技術や社会適応のスキルを学んでいないことが少なくないのです。

もしかしたら一昔前ならば、こうした大人も貧しいながらも地域のコミュニティのなかで、周囲と支え合いつつ、その中で子供たちもケアされていたかもしれません。いまやこうした家族は都市の中で孤立して、親が苦手なこと・できないことがそのまま子供に振り掛かり、そうした子供に継承されていきます。やがてこの子たちも十分スキルが身に付かないまま、安定した就職もできず、望まない妊娠、子育てをし、同じような家族が拡大再生産されてゆくのでしょう。

そのときに私は一つの願いを抱きました。

「このような悪しき家族の繰り返しの歴史を一つでも止めたい。そして一人の子どもでも生きる力を身につける支援をしよう」

 

「子供でも生きる力を2」 へ続く

※ここで紹介した事例については、文意を損なわない配慮をしつつ、個人情報保護の視点から本人を特定できないように詳細を改変しています。

 

 

デイケアに参加しよう!

どんよりとした空、底冷えの続く1月ですが、皆様いかがお過ごしですか。
どうもこの時期は頭痛や肩こりが起こりやすいという方も多いようです。
さて、以前より当クリニックではデイケアを開設し、治療のための参加をおすすめして来ました。
デイケアというのは昼間のあいだ、クリニックの中でリクリエーション(料理、手芸、軽いスポーツなど)に参加して、生活リズムを整えたり人の中に入り、病状の安定や社会復帰の準備とするものです。
一般には高齢の方のデイケアがよく知られていますが、当院では若い方を受け入れる形をとって来ました。

さてこのたび当クリニックでは年齢などの制限をゆるめて、多くの方が参加できるようにしようという方針となりました。
若い方でも年上の方と話すほうが安心という方も多いことや、様々な人に出会うことがより治療的だと考えました。
デイケアを担当するスタッフは、新しく頼もしい方も入ってくれました!
ご希望の方はどうぞスタッフや医師にご相談ください。
なお、初診の患者さんで、デイケアにすぐにでも参加したいという方は配慮しますので、その旨を受付にお話ください。

※写真は予防接種を受けに行って、緊張してふるえる院長の愛猫・金時(きんとき)

急募・精神保健福祉士ほか

はたけやまクリニックでは、一緒に働いてくれる精神保健福祉士(PSW)を募集しています。
主に行政や学校など諸機関との連携、連絡、相談、法律上の説明などの業務となります。

またPSWや臨床心理士を補助する職種も募集しています。
やる気とガッツのある人、精神科や児童思春期の子たちの支援に関心を持っている方、お待ちしております。
興味のある方はクリニックまでご連絡ください。